翻訳の森 Diary

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『エボニー』MJインタビュー和訳(1)~(10)

ebony mj smile


アメリカのブラックカルチャー誌『エボニー』(Ebony)2007年12月号に掲載されたマイケル・ジャクソンのインタビューの和訳。

マイケルの頭の中がのぞけて、とても楽しい訳でした。

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●マイケル・ジャクソン: 過去・現在

ジョイ・T・ ベネット(Joy T. Bennett)が、マイケルの過去の業績、『スリラー』誕生の舞台裏、当時のCBSレコード社長イエトニコフ(Yetnikoff)とMTVのやりとり、プロデューサーのクインシー・ジョーンズの話、また、現在マイケルの個人的アドバイサーを務めるジェシー・ジャクソン師の話……などを収録して解説。

●Q&A 「マイケル・ジャクソン:自分のことばで語る」インタビュー by ブライアン・モン

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Q (1): どんなふうに、あの『スリラー』は始まったのですか?

A: モータウンが『ウィズ』という映画を準備していて、クインシー・ジョーンズが、たまたまその音楽を担当していた。実はクインシーを前に聴いたことがあった。まだ子どもでインディアナにいたころ、父がジャズのアルバムをよく買っていて、ジャズ・ミュージシャンとして知っていたんだ。
 そんなわけで、この映画を作ったあと、(映画製作中も、かなり親しくなったけどね、クインシーは僕がことばを理解するのを助けてくれたり、まるで父親のようだったから)できるかぎりの誠実さをこめて、彼に電話をかけた。僕ははずかしがり屋だし、特に当時はそうだったんだ。以前は、話かけられているとき相手の顔さえ見れなかった。冗談なんかじゃないよ。僕は「アルバムの準備中なんですが、どなたかいっしょにアルバムをプロディースするか協力するかしてくださるかたを推薦してくださいますか…」って聞いたんだよ。彼は、一瞬沈黙してから「僕じゃだめかい」と言った。どうして、それを思いつかなかったんだろうかって思ったよ。彼をむしろ自分の父親として見ていて、ちょっとジャズっぽいと思っていたからかもしれない。だから、彼のことばを聞いたあと、「わぁ、それはすごいよ」って言ったんだよ。クインシーといっしょに仕事をする素晴らしさは、彼がやりたいことをやらせてくれる点なんだ。やりたいことをじゃましたりしないのさ。
 そう、彼とやった最初のアルバムは、『オフ・ザ・ウォール』だった。そして、ロッド・テンパートンがスタジオに参加した。ドイツのWurms出身なんだけど、このロッドがあのすごい "doop,
dakka dakka,doop, dakka dakka dakka doop"という「ロック・ウイズ・ユウ」のメロディとコーラスを持ってきたんだ。僕は「わぁ!」って興奮して、それを聞いたとき、「Ok、今すぐとりかからなきゃ」って言った。ロッドが何か出してくるたび、僕も何か出す。ふたりは、ちょっとした競争をしていたんだよ。僕は、そんなやりかたが大好きなんだ。ウォルト・ディズニーがどんなふうに映画『バンビ』やアニメを作ったか読んだことがあるんだけど、それによると、彼はフロアーの真ん中にシカを置いて、アニメーターたちにいろんなスタイルのドローイングで競わせたそうだ。彼は、自分がいちばん気にいった効果的な図案を作った者を選んだ。おたがいにいい感じで競っていたけど、競争にはちがいなかった。競争がさらなる努力を喚起する。そう、ロッドが何か持ってきて、僕が今度は何か持ってくる。そうやって、僕たちはあの素晴らしいアルバムを作りあげたんだ。

Q(2): 『オフ・ザ・ウォール』のあと、82年の春に『スリラー』をやるためにスタジオにもどりましたね。

A: 『オフ・ザ・ウォール』のあと、このアルバムから、僕たちはNo.1ヒットを連発した。
「ドンスト~」「ロック・ウイズ・ユウ」「シーイズ・アウト・オブ・マイ・ライフ」
「Workin'~」は、グラミー賞にもノミネートされた。でも、うれしくなかった。あのアルバムについては、まだまだやり足らないという思いがあったし、もっといろんな表現をしてみたかった。魂や心をもっと注ぎたかった。

Q(3): 『スリラー』はあなたにとって転換期でしたか?

A: 完全な転換期だった。子どものころから、僕はいつも作曲の勉強を していた。いちばん影響を受けたのは、チャイコフスキーだった。たとえば、『組曲 くるみ割り人形』のようなアルバムを例にとると、1曲1曲が全部すばらしい。だから「なぜポップスのアルバムで、それができないんだろう?」と思っていた。かつて、ポップスのアルバムでは、良い曲は1曲だけだった。残りはB面のような出来で、「アルバム・ソング」と呼ばれていた。僕は、なぜ全曲をヒット・ソングみたいにできないのかな?なぜ全曲、シングル・カットしたとき、みんなが欲しがるようないい曲にできないのかな?と思っていた。だから、いつもその実現に向かって頑張ろうとしていた。それが、次のアルバムの目的で、全体の構想だった。自分たちが望むものすべてを出したかったんだよ。そのために、僕は必死でやった。

Q(4): その創作のプロセスを、あなたは意図的にやったのですか?それとも、自然にそんなふうになったのですか?

A: かなり意図的だったよ。【意識的にやって、それがあわさったとしても、この宇宙のなかで創造されたんだ。いったんしかるべき科学反応がその場で起こったら、マジックは必ず起きる。必ず。まるで、地球の半球に、ある自然の力が加わったら、もう一方の半球でこのマジックが起こるように。】これは科学。最高の人びととそれを体験できるのは、とにかくすばらしいよ。
 クインシーは、僕を「スメリー」というニックニームで呼ぶんだよ。スピルバーグも僕を「スメリー」と呼ぶ。それはね、当時、特に当時、今は少しは悪態もつくけどね、僕は悪態をつくことは絶対なかったんだ。そう、「(悪いことばとされる『funky』の代わりに、似た『臭う』という意味を持つ普通のことばの『smelly』を使って)とても『スメリー』な歌だね」なんて言っていたのさ。「すごくいいから、夢中になる」って意味でね。クインシーは、それで僕を「スメリー」と呼んでいたんだよ。
 それにしても、クインシーといっしょにやるのは、とてもすばらしかったよ。クインシーは、実験させてくれるし、自分のやり方でさせてくれる。彼は天才だから、音楽のじゃまをしないのさ。それでいて、もしたすべき要素がある場合は、そうしてくれる。彼は、細やかなことを聴きとれるのさ。たとえば、「ビリー・ジーン」で、僕はちょっとしたバスの部分を思いついて、それからメロディーと全体の構想を考えついた。クインシーはそれを聴いて、すてきなリフを付けたしてくれた。
 僕たちはトラックに取り組むために、当時、彼の家でしょっちゅう会って、演奏していた。「スメリー、音楽にしゃべらせるんだよ」とよく彼は言った。僕は「Ok」と言った。それに、「もしも、その歌に何か必要なら、歌がきみに教えてくれる。歌にしゃべらせるんだよ」と言っていたよ僕くは、それがだんだんできるようになった。すばらしい音楽の作り手になるための鍵は、作ることではないんだ。とにかく、邪魔をしないこと。神が入ってくるための空間を空けておかなければならない。僕はこれだと思うものを作るとき、跪いて感謝のことばを捧げる。ありがとう、全能の神(エホバ)!ってね。

Q(5): いちばん最近で、そんな気分になったのは、いつですか?

A: そうだな、ごく最近。僕は、いつでも曲作りをしている。これだっていうのがわかるときは、時々何かが近づいてきてるように感じる。まるで、懐妊とか妊娠みたいなんだ。感情的になって、身ごもってるような感じがしてきて、そしてマジックが起こる! 何か、とても美しいものが爆発する。
「わぁ」って思うよ!それだよ。そんなふうに、美しいものとしてやってくる。
12notes(12音)と旅する宇宙だよね……

(マイケルは今、iPhoneで「ビリー・ジーン」の初期のヴァージョンを聴いている……)

……僕は曲を作るとき、ごくおおざっぱなヴァージョンを作って、コーラスだけを試しに聴いて、そのコーラスをどのくらい気にいるか聴いてみることにしている。ざっとやってみて、気にいったら、うまくいくのさ。たとえば、こんなふうさ。家にいたときは、ジャネットとランディとぼくがいて、ジャネットと僕が「Whoo、whoo~whoo、whoo……」ってやった。それと同じことを、どの曲にもやるんだ。メロディ、メロディがいちばんたいせつさ。もしメロディに納得して、そのおおざっぱなヴァージョンを気にいったら、次のステップに行く。もし頭のなかでいい感じに聴こえたら、実際にやってみたときもだいたいうまくいく。つまり、頭のなかにあるものを、そこからテープに書きうつすという考えかただよ。
「ビリー・ジーン」のような曲を例にとると、この場合、ベースのラインが目立っていて、曲の主人公なんだ。中心になるリフをちょうどいい加減に調整するのには、ものすごく時間がかかるんだ。ほら、この曲には4種類のベースが聴こえて、4種類の性格を醸しだしている。それが、曲の個性を作るのさ。だけど、そのためには、ものすごい作業が必要なんだよ。

★上の【かっこ】のなかの訳は、まだ考え中です。

Q(6): もうひとつの晴れ舞台と言えば、モータウン25周年記念でしたね…

A: 僕は、「ビート・イット」をスタジオで編集していた。どういう理由だったか、たまたまモータウンのスタジオでやっていた。ずっとまえにモータウンはやめていたけどね。モータウンでは、記念のための準備が進んでいた。ベリー・ゴーディーがやって来て、ショーをやりたいかときいた。僕は、「No」って言った。僕は、そのとき、『スリラー』で計画していたことの具体的制作に入っていたからね。すると彼はさらに、「しかし、記念パーティーだよ」と言ってきた。僕は、「やるよ。ただし、モータウン以外の曲を1曲やらせてくれるならね」と答えた。「何をやる?」と聞かれたので、「ビリー・ジーン」と答えた。彼が「Ok、いいだろう」と言ったので、僕は「ほんとに『ビリー・ジーン』をやらせてくれるの?」と尋ねた。彼の返事は、「Yeah」だった。
 それで、ぼくはリハーサル、振りつけをし、兄弟たちの準備をし、曲を選び、メドレーの演目を決めた。それだけじゃなかった。カメラ・ワークを決める必要があった。僕は、自分ですべて監督・編集する。すべてのショットが、僕によるショットなんだ。どうしてそうする必要があるか話そう。僕には、5台から6台のカメラがつく。パフォーマンスしているとき、どんなパフォーマンスでも、適切にとらえないと、人びとは見もしない。カメラは、世界一自分勝手な媒体だ。人びとに見てもらいたいものを、見てもらいたいタイミングで、見てもらいたいやりかたで撮影する。どんな並べかたで見てもらいたいかさ。プレゼンテーションされたものの全体の雰囲気すべてを、アングルやショットを使って作りだすのさ。僕は、自分が何を見たいかわかっているからね。どんなふうに自分を観客に見せて、どんなふうに観客から見られたいか、知っている。パフォーマンスのとき感じた感覚をわかっている。だから、カット・編集・監督するとき、その同じ感覚をもう一度つかもうとするんだ。

Q(7): どれくらい前から、こういったすべてを作ってきたんですか?

A: 小さな子どものころから、兄弟たちといっしょにね。父はよく、「マイケル、ほかの兄弟たちに教えてやれ」って言ってたんだ。

Q(8): ご兄弟たちは、そのことで嫉妬しませんでしたか?

A: そのころ、そんな様子は全然見せなかった。でも、つらかったにちがいないよ。だって、リハーサルや練習のあいだ、僕は絶対叩かれなかったからね。〔笑い声〕でもあとになったら、僕は罰を受けたものさ。〔笑い声〕そうなんだ、いつも罰を受けるのは、あとでなんだ。父は、手にベルトを持ってリハーサルをしていた。だから、失敗なんかできなかった。父はぼくたちに、ステージのやりかた、聴衆への対応、次に何をすべきかの予測、聴衆に自分たちが苦しんでいることや何かがうまく行っていないことを絶対知られないようにすることなどを教えたけど、そのやりかたは天才的だった。父は、みごとだったよ。

Q(9): あなたがビジネス・センスだけじゃなく、すべてをコントロールする方法を学んだのも、お父さんとの経験からだと思いますか?

A: そのとおり。父との経験……僕は父から多くのことを学んだ。父は若いころ、ファルコンズというグループをやっていた。メンバーは四六時中やってきては、音楽を演奏していた。だから、いつも音楽やダンスがあった。黒人がやる伝統的文化なんだけど、家具を全部どかして、音楽をかけ、仲間がやってきたら、みんなフロアの真ん中に集まるっていうのがある。そして、何かしなきゃいけない。僕はそれが大好きだった。

Q(10): 今、あなたの子どもたちは、そんなことをやりますか?

A: やるけど、てれるんだ。でも、ときどき、僕のためにやってくれるよ。



タグ : マイケル・ジャクソン

このインタビューはとても読み応えがありますね。素敵な和訳をどうもありがとうございました。ツイッターのMJファン仲間にもお知らせしましたが、とても好評です。私のブログClub Escapismの“Merry Christmas, Michael!"でご紹介させていただきました。
http://blog.livedoor.jp/jellysasha/archives/51307003.html
[ 2009/12/24 15:28 ] [ 編集 ]
jellyさん

どうもありがとうございます。
ブログものぞかせていただきました。
またゆっくり遊びに行きたいと思います^^
Merry Christmas
[ 2009/12/26 00:04 ] [ 編集 ]
ありがとうございました。
[ 2009/12/27 22:03 ] [ 編集 ]
mamiさん

読みにきてくださってありがとうございます。
また、遊びにきてくださいね。
[ 2009/12/28 01:46 ] [ 編集 ]
和訳ありがとうございます
はじめまして。

こちらの和訳で、動画が理解できました。
ありがとうございます。

事後承諾になってしまいましたが、
マイケルの動画集のブログ
「星に願いを・・・Michael Jackson」に、
こちらの和訳をリンクさせていただきました。

これからも、お世話になります。
どうぞ、よろしくお願い致します。
[ 2010/02/13 21:09 ] [ 編集 ]
みーたんさん

初めまして!
わざわざごあいさつありがとうございます。

こちらこそ、これからもファン同志で仲良くしてくださいね。
[ 2010/02/14 16:20 ] [ 編集 ]
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[ 2010/05/21 00:24 ] [ 編集 ]
Re: コメント初心者です
コメント、どうもありがとうございます。
喜んでいただいて、とてもうれしいです!!!
また、見に来てくださいね。
[ 2010/05/22 23:18 ] [ 編集 ]
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