Moonwalker and me

英語と翻訳、マイケル・ジャクソン、好きなものや日常

ガザでの戦闘はまだ続いています。今この瞬間にも、人々のかけがえのない命が失われているかもしれません。   

パレスチナ問題の歴史は長く複雑なので、地理的に遠い日本からは理解しがたい面もあります。
Durasさんが日記にそのあたりを纏めてくださっていたので、お願いして貼らせていただくことになりました。ありがとうございます、Durasさん。


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○改めてパレスチナ問題の歴史について調べてみました。浅田彰さんの『映画の世紀末』という本やwikipediaを参考に、纏めてみます。

中世ヨーロッパのキリスト教社会において、疎外されたユダヤ教徒の住む場所(ゲットー)は壁で仕切られており、差別を受けながらも独自の文化を保持できていた。
他方、長くイスラム国家の統治下にあったパレスチナでは、アラブ人とユダヤ人が差異を認めつつ平和的に共存していた。
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19世紀初頭ナポレオンがドイツに侵攻し、各地ゲットーの壁を破壊。
ユダヤ人解放の理念が広まり、同等の市民としての資格を有するようになると同時に、新たな差別も強まっていく。
とりわけポーランドやロシアでユダヤ人迫害運動(ポグロム)が次第に激化し、それから逃れるように、多くのユダヤ人が西欧に流入。
またフランスでユダヤ人将校の冤罪事件(ドレフュス事件/1894年)が社会問題化するなど、ユダヤ人グループの中にも独立国家建設の気運(シオニズム運動)が高まりを見せ、旧約聖書記載の故郷パレスチナへの入植が始まる。
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1914年:第一次大戦勃発(英・仏・露 VS 独・オーストリア・トルコ)。
イギリスは資金調達のため、ユダヤ人資本家に対し戦後のパレスチナにユダヤ人国家建設を約束(「バルフォア宣言」)。
一方で、トルコ領内のアラブ人をそそのかし、英国側に立ちつつトルコに対して独立闘争を開始すれば、戦後はアラブ人の統一国家を建設すると約束(フセイン=マクマホン協定/映画『アラビアのロレンス』!)。
しかもフランスとの間では戦後の領土分割協定(シリアやレバノンは仏領、その他はイギリス領とする/サイクス=ピコ協定)を結ぶ。
結果、戦後の国際連盟において同地は英仏による委任統治体制に。
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敗戦後のドイツでユダヤ人迫害が激化。ユダヤ人のフランスやイタリアやアメリカなどへの亡命が相次ぎ、欧州から多くの「知」が流出。加えて、パレスチナのユダヤ人コミュニティへの入植も増加。
第二次大戦下のドイツ領内でユダヤ人絶滅作戦(ホロコースト/ショアー)が遂行される。
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終戦後の1947年、国際連合はパレスチナを分割しユダヤ人国家建設を決議。翌年、イスラエルが建国宣言。
これに周辺アラブ諸国が反発し、第一次中東戦争へ発展。アラブ側の足並みの乱れから、イスラエル優位の状況で国連の停戦調停へ。イスラエルは領土を広げる。
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1956年:エジプトで米英によるアスワンハイダム建設が中止となり、その対抗策としてエジプトがスエズ運河国有化宣言。
スエズ運河を重要な貿易ルート(石油など)とする英仏は、中東における権益を確保すべく、エジプトに反発してイスラエルを支援。
イスラエルのシナイ半島侵攻により第二次中東戦争へ発展。
続いて英仏が介入するも国際的非難を招き、国連の調停のもとで終戦。
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1967年:ゴラン高原へのユダヤ人入植にともなう緊張が高まる中、イスラエルが周辺アラブ国家へ先制攻撃。第三次中東戦争へ。イスラエルは制空権を掌握した上で、ヨルダン川西岸・エジプトのガザ地区とシナイ半島・シリアのゴラン高原を電撃的に制圧。領土も4倍に拡充。
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1973年:失地回復のためエジプトとシリアがイスラエルへ先制攻撃。宗教的休日にあり虚を突かれた形のイスラエルは序盤に苦戦を強いられるも、その後に反撃。
アラブ側はイスラエル支援の西側国家に対して石油戦略を発動(オイル・ショック)。国連の調停により終戦。
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1978年:アメリカの仲介によりイスラエルがエジプトにシナイ半島を返還(キャンプ=デーヴィッド合意)。
反イスラエル路線を転換させたエジプトのサダト大統領はノーベル平和賞を受賞するも、アラブ主義者によって暗殺される。
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1979年:イラン革命(イスラム原理主義勢力=シーア派が国王を追放)が起こると、革命の自国への波及を恐れる周辺アラブ国家がこれに反発し、イラン=イラク戦争へ。イスラム革命の広まりを恐れる米ソは(フセインの!)イラクを支援。
やがてイスラエルの対抗勢力は国家から非政府運動組織PLO(パレスチナ解放機構)など、対ゲリラ・テロ戦へと移行。
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1982年:レバノン内戦にシリアとイスラエルが介入。イスラエルは各地でアラブ人虐殺を展開。首都ベイルートに拠点を置いていたPLOはチュニジアへと撤退を余儀なくされる。
1980年代後半はPLOへの期待も薄まり、イスラエル占領地域や難民キャンプ内で独自に抵抗運動が起こり、イスラエル軍と衝突を繰り返す(インティファーダ)。しかし、その後ろ盾となるソ連が解体していく。
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1991年:湾岸戦争勃発。アメリカはインティファーダ鎮圧を視野に入れつつ、イラクのクウェート侵攻に介入する形でイラクを攻撃。
アラブ諸国はアメリカ支持のもと多国籍軍に参加。アラブ社会に亀裂が走り、政治力を低下させていく。
このときPLOはイラク側に立ち、アラブ諸国からの支援を断たれる。
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1993年:クリントン主導の下、ワシントンで和平的なパレスチナ暫定自治協定が調印される(オスロ合意)。イスラエルのラビン首相とPLOのアラファト議長が握手。
しかし1995年、アラブ側に対して最低限の妥協を受け入れていた労働党のラビンがユダヤ原理主義者に暗殺される。その後のイスラエルの選挙ではパレスチナ全土の併合を唱える保守的な右派(リクード)が勝利。
2001年には対アラブ強硬派として知られるシャロンが党首に。
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2002年4月:イスラエル軍の侵攻により虐殺が行われたとパレスチナが主張するも、イスラエルは否定。国連査察も拒否し続ける。
中東和平の道も模索され、2002年2月にサウジアラビアのアブドラ皇太子がイスラエルが全占領地から撤退すれば、国家として承認すると提案。6月にはアメリカのブッシュがパレスチナ暫定国家建設を支持し、イスラエルが入植活動を停止し、パレスチナがテロ組織を解体するという中東和平構想を発表。
2003年4月:アメリカ、EU、ロシア、国際連合の4者により中東和平案(「中東和平の行程表=ロードマップ」)がイスラエルとパレスチナ自治政府に提示された。
しかし、イスラエルのシャロンは、ガザ地区からの撤退と同時にヨルダン川西岸の入植地拡大。ロードマップは早くも見直しを迫られる。
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2006年:アラファトの死を受け、ファタハ(アラファトにより創始された政党。ミュンヘンオリンピック事件などのテロを推進してきたものの、1980年代以降は穏健路線)のアッバースが自治政府議長に選出される。
しかし、その後のパレスチナ評議会総選挙ではハマース(対イスラエルにはテロを推進し、国内的には医療・福祉・教育の充実を推進してきた政党)が貧困層の支持を集めて圧勝。ファタハとの対立も生じ、混迷が続く。
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2006年6月:アッバース議長とハマースの党首が国連の1967年の停戦決議に基づく国境線に合意(事実上のイスラエル承認)。しかし、イスラエルは兵士拘束を理由にガザ地区へ再び侵攻。地方首長80人を拉致。
カタールが国連にイスラエルのガザ地区撤退を求める決議案を提出するもアメリカの拒否権により否決。
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休戦と衝突を繰り返す現在、ガザ地区において、ハマースによるロケット弾での攻撃と、イスラエルの大掛かりな報復が続いている。

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Gaza Strip
ガザ地区《ガザを含むエジプトとイスラエルが隣接した中東海岸地域、主にパレスチナ人難民が住む》

ゆみさん

お世話になってます。
中東和平はなかなか先が見えないですね。
誰かがリーダーシップを発揮して、ようやく光が見えたかと思うと、暗殺されたり。
歴史的に大国の“代理戦争”の地となってしまって、
色々な思惑や利権や宗教や信条の衝突に怨恨が絡み付いていて、
何よりその皺寄せをくう弱者の悲哀ばかりが繰り返されていることを思うと、本当に胸が痛みます。
オバマの変革に期待したいですね。

2009.01.09 16:52 URL | Duras #- [ 編集 ]

Durasさん

コメント、どうもありがとうございます。

きょうの夜のニュースに大江健三郎が出演して、Durasさんがお話になっていたサイードについても出ましたよ。

大人は楽館的に未来について見ないといけないとわたしも感じました。どんな環境でも、その世界しか知らないのが子どもたちですから、その中で大人が最善に生きている姿を見せることこそが大切なのだと思います。

パレスチナでも日本でも、苦しんでいる子どもたちがたくさんいます。周りの大人たちのちょっとした前向きな態度で、子どもたちはどんな環境でもまぶしい微笑みを見せてくれます。子どもの適応能力はすばらしですね。でも、そのほんの少しの大人の助けがないと、子どもたちは生きていけないものですよね。。。子どもの精神は強いのですが、その肉体は大変もろいものですから。

2009.01.09 23:20 URL | ゆみ #HYjkyH3s [ 編集 ]













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映画の世紀末
映画の世紀末

2009.05.22 23:26 | 忍者大好きいななさむ書房