翻訳の森 Diary

翻訳の森を迷走中

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

『ロング・グッバイ』を読んでいて思ったこと

いま、村上春樹が翻訳した『ロング・グッバイ』を読んでいます。漢語が少ないせいか文章が軽やかに感じます。無駄がない感じ。あいまいさも少ない。(平坦で、ちょっと味わいが乏しい気もしますが。)これを見ていると、わたしの書く訳文は漢語が多すぎて重すぎるように思います。漢語によって借りてきたイメージが四方八方広がりすぎて、文章の流れや深い意味に集中しにくくて、散漫な感じがします。このへんが、自分の問題点のひとつかもしれません。わたしは、作者が言いたいことに集中せず、枝葉にばかり気が散っているのかも。もちろん細部も大切ですが、細部がバラバラになることなく、作者が描くテーマという木の一部になっていなければならないはず。
[ 2016/12/05 12:33 ] ◇翻訳 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。