フランク・ディレオとマイケル

フランク・ディレオ(Frank Dileo)がマイケル・ジャクソンとの思い出を
ウィ-クリー・ペーパー"Nashville Scene"2007年11月22日号に書きました。

ディレオは、マイケルの強い希望でCBSを辞めてマネージャーになった人です。CBS時代には、しぶるマイケルを説得して"Thriller"のビデオを作らせることにも成功しました。最初マイケルは、"Billie Jean"と"Beat It"で終わりと言って、なかなか周囲の説得に応じなかったそうです。

しかし、ディレオのビジネスの手腕を高く買っていたので、ディレオの言うことには従ったそうです。そのおかげで、今もあのすばらしい"Thriller"のショートフィルムが見れると思うと、ディレオの貢献は大変大きかった思います。

マイケル自身も、自伝"Moon Walk"のなかで、ディレオはレコード業界での豊富な知識によって、自分の夢を具体化していってくれた――といったことを書いています。

マイケルは、自分でレコード会社をやれるほど頭がいい人らしいですけど(元CBS社長イェトニコフの自伝によると)、そんなマイケルも、自分ひとりですべてをやるのは無理ですよね。

1984年春、Victoryツアーの直前にマネージャーになると、ディレオはマイケルの周りにごったがえす、たくさんのプロモーターや兄弟それぞれにつく弁護士たちとの交渉も、超人的能力でまとめ上げていきました。

ペプシコマーシャルの契約更新、"Bad"アルバムの制作、そのショートフィルムの制作、映画"Moonwalker"のマイケルとの共同制作、そしてBadツアーの総指揮……ディレオは、マイケルにとって最高にクリエーティブな5年間を演出した人だと思います。

1989年冬、16ヵ月に渡る極限状態のBadツアーを終え、ディレオは糖尿病の治療を受けるためにオハイオの自宅にいました。そのとき突然、1本の電話によってマイケルから解雇されたのです。

ディレオによると、後でマイケルは、「あるグループから、ディレオを切って違うマネージャーに代えたらハリウッドで映画を作ってあげるという提案を受けて、それに乗ってしまった」と言ったそうです。ディレオはこの話を信じているそうです。ディレオによると、当時のマイケルの周辺には、いつも行動をともにしているディレオにたいする嫉妬がうずまいており、ディレオの友人だったCBS社長のイェトニコフとディレオのふたりをマイケルから遠ざけようという動きがあったそうです。

2005年の裁判のとき、ディレオはカリフォルニアに駆けつけて3ヵ月間滞在しました。ディレオはマイケルが純粋に子ども好きな優しい人間だと誰よりも分かっていて、すべてがビートルズ・カタログに関係した陰謀だと思っていました。だから、マイケルの無実を全く疑ったことがないそうです。

その裁判所でのふたりの再会シーンは、とても感動的でした。

いくら音楽では天才的でビジネスセンスもすごいマイケルでも、やはり人間なんだなと思いました。

マイケルが今まで生きてきた世界の厳しさを垣間見た気もします。

そのとき、ディレオは何も知らせずに、突然マイケルの前に現れました。

*****
He went, ‘Frank, I can’t believe you’re here.’ And he started to cry.
And I went over and I hugged him and we got on the elevator
and he told [defense attorney] Tom Mesereau, ‘This is Frank Dileo.
He used to manage me. I’ve had nine managers since then. He’s the only guy that showed up, or even called to see how I’m doing.’
That was a very rough thing on him, a very emotional thing.”


マイケルは「フランク、君がここにいるなんて信じられないよ」と言って泣きだした。
僕は駆け寄って彼を抱きしめた。
僕たちがエレベータに乗ると、マイケルは(弁護士の)トム・メゼロウに言った。
「こちらは、フランク・ディレオです。かつて僕のマネージャーだった人です。フランクのあと、僕には9人のマネージャーがいました。でも、会いに来てくれたのはフランクだけで、誰も僕がどうしているかたずねる電話さえくれなかった」
あの状況はマイケルにとって、とても酷で精神的にきついものだった。

*****

ディレオはマイケルから解雇された後、ユニークなキャラクターを買われて"Bad"の監督をしたマーティン・スコーシーズのギャング映画にも出ました。今も、ショービジネスの世界でアーティストの発掘や育成に奔走しているそうです。

ディレオにとって、マイケルとの5年間は決して忘れることができない濃密な日々だったのでしょう。

80年代CBSの社長だったイェトニコフも、2004年に "Howling at the Moon" (月にほえる)と言う意味深なタイトルの自伝を書いてます。

たくさんの人びとの思い出のなかで、マイケルとの日々はキラキラまぶしく輝いているのだと思います……


Source: Nashville Scene



タグ : マイケル・ジャクソン

いい話ですね。
特に裁判の時の再会・・・。グッときました。
ディレオさんマイケルのマネージャーに復活みたいな話ありましたよね。
どうなったのでしょう?

あの二人の仲良さげなツーショット好きでした。
[ 2008/09/07 09:37 ] [ 編集 ]
マイケルが音楽だけに集中できる環境が整うのはいつになるのでしょうか・・?
沢山の人に騙されてきたマイケルだけれど、マイケルを信頼している人も沢山いたはず。
若い頃はマイケルも人を見る目がなかったかも知れないけれど、もう大丈夫だと信じたい。
いい人と巡り会って、いい人と仕事をしてほしいですね。
[ 2008/09/07 12:59 ] [ 編集 ]
ディレオ
yukichan

そうですよね、ディレオさん復活の噂もありましたが、彼は今年初めに心臓バイパス手術を受けていますし、激務は無理かもしれませんよね。。

わたしもふたりのツーショットが大好きでした! 漫画みたいでしたよね。チビデブのディレオさんとスリムなマイケル!!
[ 2008/09/07 13:38 ] [ 編集 ]
ディレオと
mayさん

あまりにも大きなビジネスが介在したために、マイケルと周囲の人びとの間にたくさんの問題が生まれたんでしょうね。

最近、お誕生日に、一番幸せだったのは、オフザとスリラーの録音をしていた時代だったとありましたね。でも、後悔はないと。。。

信頼おける人と良い仕事をしてほしいですね。祈るような気持ちです☆
[ 2008/09/07 13:43 ] [ 編集 ]
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